テレビジョン -CM編

NHKが日本初のテレビジョン放送を開始したのは1953年。55年も昔の話だ。今のようにインターネットに始まり、多種多様な媒体など無いその頃、テレビは文化の中心、情報の発信、良くも悪くも様々なものを生み出す玉手箱だったのかもしれない。
今回は数回に渡り、テレビの歴史を見てみようと思う。

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CM(Commercial Message)、わずか30秒程度の時間の中に商品の宣伝、イメージ、メッセージを伝える。30秒に込めた思い…。
日本初のテレビCMは1953年、精工舎(現:セイコー)の『時報を知らせる時計のCM』であった。以後、様々な企業がキャラクター、タレント、CGなどを使ったCMが日本の茶の間に登場した。

∂飲料・食品系   ~飲み物、食品、加工品などのコマーシャル
Drink Food1 写真上段左から
・トリスウイスキー(寿屋'61)・ビール(サントリー'72)・ジョージア(コカコーラ'96)・BOSS(サントリー'97)
写真下段左から
・やっぱりね森永(森永製菓'54)・ごはんですよ(桃屋'58)・カステラ一番(文明堂'62)
・スナックカレー(オリエンタル'70)・ボンカレー(大塚化学'73)

∂キャッチコピー系  ~キャッチコピーが印象に残るコマーシャル
Phrase Phrase1 写真上段左から
・エールチョコレート(森永製菓'67)☆コピー:大きいことはいいことだ!
・ガソリン(丸菱石油'69)☆コピー:オーモーレツ!
・万年筆(パイロット'69)☆コピー:ハッパフミフミ
・ハム(丸大食品'71)☆コピー:腕白でもいい、たくましく育ってほしい
写真下段左から
・新グロモント(中外製薬'75)☆コピー:ちかれたびー
・フィルム(富士フィルム'80)☆コピー:美しい人はより美しく、そうでない人はそれなりに
・禁煙パイポ(マルマン'84)コピー:私はコレで会社を辞めました
・旅キャンペーン(JR東海'95)☆コピー:そうだ、京都、行こう
・セフィーロ(日産自動車'88)☆コピー:くうねるあそぶ(皆さんお元気ですか)

∂動物・キャラクター系 ~動物やイメージキャラクター出演のコマーシャル
Character 写真上段左から
・ホテル(ハトヤ'56)・天気予報(ヤンマーディーゼル'59)・コルゲンコーワ(興和'64)
・ミラージュ(三菱自動車'84)・ウォークマン(ソニー'87)

∂ing系  ~現在も続くシリーズコマーシャル
Ing_2 写真上段左から
・キンチョール(金鳥'77)・タンスにゴン町内会編(金鳥'86)
・ピップエレキバン(ピップフジモト'93)・本だし(味の素'98)

∂その他系  ~その他時代を飾ったコマーシャル
Sonota2 Sonota1 写真上段左から
・傘(アイデアル'63)・洋服(レナウン'67)・クイントリックス(松下電器'74)・フィルム(コニカ'76)
写真下段左から
・フルムーン(JR'82)・カエルコール(NTT'85)・モップ(ダスキン'91)・英語スクール(NOVA'95)

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テレビから流れる様々な映像は時代のファッション、トレンド、時事を反映する。
中でもCMは取りわけ『時代を映す鏡』だと私は思う。
各時代で最も輝いてたタレント、最も流行っている服装、最先端の映像技術。
また、CMからトレンドになったもの、言葉(フレーズ)、タレントなども多い。
『禁煙パイポ』のCM”私はコレで会社を辞めました”は女性スキャンダルで退陣した某首相に被せ、”私はコレで首相を辞めました”と小指を立てる…などの仕草。
またジョージアのCMから”癒し系”という言葉が流行った。
CMは時代を映すだけでなく、発信する媒体でもあった。

私は昔のCMを見ると、懐かしさだけではなくその当時の景色が目に浮かぶ。
それはきっと、わずか30秒足らずの時間の中に商品宣伝のみならず、時代が織り込まれているからだろう。

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テレビジョン -海外TV映画編

NHKが日本初のテレビジョン放送を開始したのは1953年。55年も昔の話だ。今のようにインターネットに始まり、多種多様な媒体など無いその頃、テレビは文化の中心、情報の発信、良くも悪くも様々なものを生み出す玉手箱だったのかもしれない。
今回は数回に渡り、テレビの歴史を見てみようと思う。

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海外TV映画の放送は1956年「カウボーイGメン」が最初であった。後に続く「スーパーマン」は視聴率73%を記録したという。更に「アイラブ・ルーシー」「名犬ラッシー」「ローレンジャー」「ベン・ケーシー」と昭和30年代は外国TV映画の黄金時代であった。

ファミリー系
この時代に登場するホームドラマはいずれも”古き良きアメリカ””健全な家庭”。芝生のある家、広いリビング、大きな冷蔵庫、笑いの耐えない家族。敗戦後間もない日本にあってはTVから見る”アメリカ”に憧れた少年少女、いや大人たちも少なくなかったのではないだろうか。
Family1 Family2
写真上段左から
・パパは何でも知っている('58)・アイ・ラブ・ルーシー('58)
・名犬ラッシー('57)・わんぱくデニス('60)

写真下段左から
・奥様は魔女('64)・ニューヨークパパ('66)・大草原の小さな家('75)

スパイ・探偵・刑事系
探偵、諜報員、スパイ、危険を顧みず任務を遂行!粋な会話に愛すべきチープな小道具…また外国テレビ映画の魅力の一つでもある吹き替え。「バークにまかせろ」「ペリー・メイスン」「スパイ大作戦」の若山弦蔵、「サンセット77」「アンタッチャブル」の黒沢良、「刑事コロンボ」の小池朝雄、その他、野沢那智、日下武史、大平透…と耳に残る名声優たち。更にこの系のドラマは後にハリウッドで映画化された作品も多い。
Spy1 Spy2 Police 写真上段左から
・ペリー・メイスン('59)・サンセット77('60)・ハワイアン・アイ('63)・バークにまかせろ('64)
写真中段左から
・0011ナポレオン・ソロ('65)・それ行けスマート('65)
・スパイ大作戦('67)・チャーリーズ・エンジェル('77)
写真下段左から
・タイトロー('60)・刑事コジャック('73)・刑事コロンボ('73)・白バイ野郎ジョン&パンチ('79)

西部劇系
外国TV映画の始まりは何といっても西部劇。正義と悪がはっきりと分かれドンパチの末、正義が勝利!分かりやすい内容だが夢中になる。この系では後の大スター、クリント・イーストウッド(ローハイド)、スティーヴ・マックイーン(拳銃無宿)が出演している。
Seibugeki 写真上段左から
・ローレンジャー('58)・ローハイド('59)・拳銃無宿('59)・ララミー牧場('60)

宇宙人・超人系
この時代の宇宙、超人系は実にチープ、けれどそれがいいのだ!CGや特殊撮影、特殊効果、特殊メイクの技術などないこの時代。怖いはずの宇宙人もなぜかユニーク。未知の世界も「行ってみたい」とさえ思える映像。ここには「古き良きテレビジョン」の世界があると思う。
Cosmo4 Cosmo3
写真上段左から
・スーパーマン('56)・空想科学劇場('56)・ミステリーゾーン('60)・アウターリミッツ('64)
写真下段左から
・宇宙大作戦"スタートレックの原型もの"('66)・バットマン('66)・宇宙家族ロビンソン('65)
・サイボーグ危機一髪('73)・地球最強の美女バイオニック・ジェミー

その他系
今でも語り継がれる名作がここにはある。「コンバット」「ヒッチコック劇場」「逃亡者」…。ここにあげた作品は本国アメリカでも高い人気を博した作品だ。
Sonota1 Sonota2
写真上段左から
・ヒッチコック劇場('57)・ベン・ケーシー('62)・コンバット('62)・ミスターノバック('63)

写真下段左から
・ペイトンプレース物語('65)・ザ・レポーター('64)・逃亡者('64)・ルーツ('77)

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現代の外国ドラマと言えば、『24』、『セックス・アンド・ザ・シティ』、「ER緊急救命室」…だろうか。これらのドラマはストーリやキャスト、特撮、CGとハリウッド映画に負けないほどの完成度。
昭和30年代の外国テレビ映画とは大違いだ。
しかし、違いはそれだけではない。スリルの中にさえあった”温かさ”、コメディの中にさえあった”清潔さ”、奇怪の中にさえあった”愛すべきチープさ”がそこにはあった。外国テレビ映画の中には戦後の日本人が憧れた「愛」「正義」「勇気」「清楚」が描かれていたのではないだろうか?それは現代の日本人、もしかしたら現代のアメリカ人も憧れる失われつつある世界なのかもしれない。

注)今回挙げた作品は私の独断で選んだ作品だ。これはテレビ黄金期、私自身まだ産まれていなかったので残念ながらこの時代の作品を全て見てはいない。再放送やDVD発売などで見た作品、また代表的といわれるものに限定している。おそらく、これら以外にも素晴らしい作品があると思うがご容赦願いたい。

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夢見るように眠りたい。

眠りにつくまでのひととき、皆さんはどのように過ごされていますか?
音楽を聴く?本を読む?思惑にふける?疲れてすぐに寝てしまう?
私は眠りにつくまえのこの時間がとても好きなのです。
好きな香り、心地よい音、お気に入りの本達に誘われて、夢見るように眠りたい・・・。

∂香る ~Parfum

時折、眠りにつく少し前、寝室にお気に入りの香水を注すことがある。
ほんの数滴・・・。ごく僅かの分子が空気の中へ溶け込めば部屋の中は心地よい香りに満たされる。
∵◆香水の歴史◆∵

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(上画像:香水の広告)
香水の歴史は古く、古代エジプトまで遡る。もともと香水は神を祭る祭事に用いられていた。それが12世紀ヨーロッパで調合技術が発展し、化粧や衛生の実用品として使われるようになった。
18世紀、香水は上流社会にはなくてはならない必需品となる。また、新しい蒸留法が考案されるとともに工房が次々と創業される。
20世紀、フランソワ・コティにより香水界は変革期を迎える。コティはこれまでの草、花など自然原料ではなく、人工的な香りを取り入れることに成功する。また、宝飾家ルネ・ラリックに香水瓶のデザインを依頼し、それまでの単なる”臭い消し”ではなく、『香水』自体の価値を高め、現代に続いている。
∵◆香水瓶◆∵
香水瓶は美しい。
晴れた日、窓から差し込む光が香水棚の瓶達に映り込む。反射し屈折したプリズムは虹色の光をベッドに射す。その光を眺めながらしばしの眠りにつく。
コティとラリックの美しい香水瓶の世界をご覧下さい。
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∂聴く ~五代目 古今亭志ん生

いつからだろう?眠る前に『志ん生』を聴くようになったのは・・・。『聞く』ではなく『聴く』なのだ。名人、志ん生の噺だ。面白いのは当然のこと。何度も聴いている内、噺の筋は覚えてしまった。では何を聴いているのか?それは…リズムかもしれない。生粋の江戸弁、語りの間…。
他の落語家の古典落語は上手い噺家であっても「昔話」なのだ。しかし志ん生は違う。江戸時代にタイプスリップしたような気分にさせてくれる。まるで湯屋の帰りに八つぁんが長屋のよもや話を語っているようで、枕元で聴こえる志ん生の噺にいつの間にか眠りについてしまうのだ。
Sinsyou

∵◆志ん生とは◆∵
落語家。1890-1973。1937年、5代目古今亭志ん生襲名。貧乏長屋暮らし、酒好き、破天荒でエピソードにはことかかない。関東大震災の最中、周りが生きるか死ぬかで必死に逃げている中、家族をほって「こりゃ、東京中の酒が流れちまう。酒がもったいねぇ」と酒屋という酒屋に駆け込んでへべれけになるまで飲んでいた…という。無茶苦茶な人だが、こと落語となるとその江戸前の落語は他の群を抜き素晴らしい。名人の名にふさわしい噺家だ。

∂読む ~アンデルセン&宮沢賢治

眠りの友に選ぶ本は色々だが、アンデルセンの『絵のない絵本』、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』は繰り返し読んでいる。2冊に共通しているのは優しい語り(文体)で不思議な世界へと連れて行ってくれるところだ。それは静かな夜の良き友なのだ。

Book

∵◆絵のない絵本◆∵

Hans Christian Andersen作。貧しい画家の部屋にある夜月が顔を覗かせます。月は言います。「これから毎晩私が話すことを絵にしてごらん」その日から月は画家の部屋を訪れ1夜に1話、33夜(33話)の話しを聞かせます。いずれの話も真珠のように美しく、叙情的。大人の童話…。
私は第3夜の話がとても好きだ。
毎夜、1話ずつ読んでいくのも素敵ではないだろうか。
∵◆銀河鉄道の夜◆∵
Cosm_2 
少年ジョバンニと友人のカムパネルラが銀河鉄道に乗り宇宙の旅に出る話だ。幻想的な内容はもちろんのこと、そこには「神」「死」「幸福」「悲しみ」と壮大なテーマを持っている(と、思う)。
眠りにつく前、灯りを消した窓辺から空を見上げると銀河の不思議、幻想世界へ連れて行ってくれる…そう思ってしまう本なのだ。


・写真左-銀河とクロスする黄道光
写真の左端は銀河鉄道の出発点である白鳥座の北十字、右端は終着点である南十字となる。
・写真中央-夏の銀河
銀河鉄道の夜とは夏の夜、夏の銀河の旅なのだ。
・写真右-南十字とケンタウルス座
銀河鉄道の夜に登場する『石灰袋(コール・サック)』だ。…右側の明るい4つの星(小星座、南十字座)の付近にある暗黒部がコール・サック。

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新青年

Э 新青年
季節の変わり目には本の陰干しをする。1冊、1冊と並べながら「あー、こんなの持ってたのね」などとつい横道にそれてしまう。床に並べられた数冊の本に目が留まった。タイトルに『新青年』とついた数冊の本、そして・・・『叢書 新青年 渡辺温』。この作家を知ったのは随分昔。ある雑誌に久世光彦氏が渡辺温の『可哀想な姉』という小説を紹介していた。その耽美で幻想的、悲しくて残酷な話に惹かれ書籍を購入した。Watanabe1
当時、本の帯に書かれた『叢書 新青年』の文字が妙に気になった。
『新青年』・・・って確か大正時代の探偵雑誌?
江戸川乱歩、横溝正史、夢野久作・・・『新青年』についてはそれ程の知識しかない私であったが、その妖しく、幻想的で別世界の香りを持つこの雑誌には少女の頃から深く興味を持っていた。
興味はやがて好奇心となり私は『新青年』の関連本を集めはじめた。

Э 新青年's history
『新青年』は大正9年、博文館より創刊された。初代編集長は森下雨村。創刊当時の『新青年』は地方、農村部の青年を対象とした堅実な雑誌であった。
大正12年頃より、これまで読者層としてきた地方、農村部青年から、都市の学生やサラリーマンへとターゲットを変えた。更に江戸川乱歩の登場で『新青年』は探偵小説雑誌としての幕を開け、後に続く渡辺温、国枝史郎、夢野久作、海外小説翻訳の充実と出版界での地位を築いていった。
昭和2年、横溝正史が第2代編集長となりスタッフも渡辺温をはじめ新たなメンバーが加わり、
誌面刷新を図った。横溝はアメリカの雑誌を参考に『新青年』をモダニズム路線へと意向させた。それは、これまでの探偵小説の他、映画、音楽、スポーツ、科学、国際問題、モダンライフの提案、ファッション、身だしなみやマナー・・・と、モダン文化溢れる若者達憧れの雑誌となった。
昭和15年、『新青年』の誌面でも戦時色が濃くなっていく-----
終戦後、編集長も変わり、誌面は全盛期の「モダンをリードする」「新しい」感覚ではなく常連作家の連載、従来通りの現代小説で通した。
この頃、探偵雑誌として「宝石」「ロック」などが台頭し、ことに「宝石」は積極的に新人作家を発掘し誌面に新しい風を注いでいた。昭和23年、第8代編集長高森栄次が誌面の建て直しに奔走したが時代は少しずつ『新青年』を隅に追い、昭和25年7月、30年の歴史に幕を下ろした。


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Cover collection of 新青年
~『新青年』-モダンな表紙の数々~表紙画:松野一夫の世界
松野一夫は『新青年』の表紙画を担当した画家。洋画家としてスタートを切るが芽が出ず、大正9年より挿絵画家として『新青年』誌面で腕を振るう。後に、表紙画を担当し昭和22年3月号まで『新青年』の”顔”を創った。

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Э A modern "新青年"
「エロ・グロ・ナンセンス」「新青年趣味」「昭和モダニズム」などと謳われた『新青年』は横溝編集長のもと、様々なナンセンス、オシャレ、新しい連載をスタートさせた。
以下に一部をご紹介しよう。
ヴォガン・ヴォグ”-ファッション、雑貨、身だしなみやマナーについて知識とアドバイスを説く。
阿呆官”-ウィットの効いた小話、問答、ちょっと辛口でナンセンスな内容。
新青年趣味講座””モダン大学”-モダンボーイに必要な教養、ノウハウについて説く。
サラリーマン講座”-現代的出世術について説く。
シック・シネ・シック”-映画についての内容。
暇つぶし学”-効率、出世などとは無関係な”どうでもいいこと”をほのぼのと綴った。

Э Advertisement "新青年"
~広告としての”新青年”
現代のようにテレビ、インターネットなど等、多数の媒体のない大正、昭和初期では雑誌は大切な広告媒体であったと思う。殊に人気のある雑誌には企業もこぞって広告を載せたことだろう。『新青年』の誌面にも「森永チョコレート」「カルピス」「ビオフェルミン」など現在でも御馴染みの企業の広告が掲載されている。
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 Writers of "新青年"

”新青年”の誌面を飾った作家達~
『新青年』の探偵小説、幻想・ミステリー小説としての雑誌イメージは連載小説に寄るところだ。江戸川乱歩をはじめとし、夢野久作、横溝正史、久生十蘭・・・。しかし『新青年』へ執筆した作家は幻想・ミステリー作家だけではなかった。
『新青年』の名にふさわしく多種、多彩の作家達が誌面を飾っていたのだ。
白鳥省吾、北原白秋、内田百閒、川端康成、堀辰雄、井伏鱒二、宇野千代、大佛次郎、獅子文六、徳川夢声、谷崎潤一郎、とそうそうたるメンバー。この面々からも『新青年』は人気、そしてパワーのある【時代を代表する】雑誌であったと思われる。


∵∵∵.............................................∵∵∵

本の陰干しはいつしか横道へそれ、ココロは『新青年』の世界へと飛んでいた。
さぁ、意識を元に戻して続きをはじめよう。
高積みにした本を1冊、1冊並べはじめる。ふと、手に取った1冊が目に留まる。
「あら、こんな本があったのね・・・」ページを静かにめくり、ココロはまた別の世界へ・・・

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喫茶店

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仕事帰り、馴染みの喫茶店へ向かった。自家焙煎の美味しい珈琲を出してくれる喫茶店だ。珈琲を飲みながらなんとなく周りを見回す。打ち合わせをしているサラリーマン風の男性達、待ち合わせの女性、目頭をつまみながら新聞を読む中年男性。喫茶店へ集う目的は様々。
さて、「喫茶店とはいつ頃からあるのかしら」と、ふと私の頭の中に疑問がよぎった。

::::::喫茶店の歴史::::::
明治二十一年(1888年)東京上野に開いた『可否茶館』が日本最初の喫茶店と言われている。明治四十四年(1911年)森鷗外、黒田清輝らを創立会員として『カフェ・プランタン』が開店し、次第にカフェ文化が日本に浸透していく。
有名なカフェとしては『よか樓』、『メイゾン・鴻ノ巣』、『カフェ・ライオン』、『カフェ・パウリスタ』他。これらのカフェは菊池寛、芥川龍之介、川端康成、高村光太郎、島村抱月、与謝野晶子、永井荷風など多くの文人・著名人達のサロンとなり、彼らに憧れてカフェに出入りする若き文士、白樺派の青年たちも多くいた。
Cafe ●上段左:カフェ・プランタン、中:メイゾン・鴻ノ巣、右:カフェ・ライオン
●下段左:カフェパウリスタ、中央&右:千疋屋

::::::喫茶店と人間模様::::::
個性的な客達が集えば、そこには様々な人間模様が繰り広げられる。
カフェには給仕をする女性達、いわゆる女給という呼ばれる人たちがいた。
女給たちにまつわる人間模様をあげてみる。
写真左は『カフェ・ライオン』の女給たちが著名人の常連客につけた番付表だ。
縮小により読みにくいので一部を以下に抜粋しよう。
・大関:松村正俊・・・1日に八回もくるから
・前頭:菊池寛・・・・・たまに来て女給を張るから
・前頭:岸田國士・・・フランスで安物を買ってきたから
・前頭:尾崎士郎・・・宇野千代に飲代を貰ってくるから
・前頭:山田耕作・・・金も無いくせに特別室へはいるから
・前頭:近衛秀麿・・・毛虫眉毛をピリピリさせるから
写真右は本郷の『カフェ・エラン』の女給:伊藤初代。彼女は作家:川端康成と婚約をしていた。当時青年だった川端は初代に一目惚れし、金がなくなると本や衣類を質入し初代に会う為カフェに通った。しかし、熱を入れていた川端の恋が叶うことは無く、初代から一方的に婚約を破棄されてしまう。後に、川端は初代との悲恋をモチーフとした作品を数点残している。
Image2 左資料:西沢爽「雑学歌謡昭和史」毎日新聞/林哲夫「喫茶店の時代」より抜粋

::::::喫茶店の広告(ポスター/マッチ)::::::
Pos 喫茶店の宣伝ポスター*****
Pos2 Pos3 喫茶店のマッチ*****

::::::喫茶店と映画::::::
古い映画を観ていると喫茶店のシーンが多いことに気づいた。
恋人達の愛の語らい、洒落た会話、深刻な話・・・、喫茶店の場面はちょっとしたエッセンスとして効果的に使われている。映画の中で喫茶店は「特別な場所」として扱われていた。
黒澤明作品『素晴らしき日曜日』に素敵な場面がある。
終戦後の焼け野原に立つ若い恋人達は夢の喫茶店を想像する。「ここにカウンターがあって、」「ケーキは手作りを出しましょう」「蓄音機も用意しよう!」貧しいけれど若く希望に満ちた二人の夢は素敵な喫茶店を開くことだった。

Eiga1 ●下段左:「男ありて」、中:「妻」、右:「晩秋」
※「妻」の喫茶店:銀座ランブルは現在も営業しているEiga3 ●下段左:「男ありて」、中:「花嫁はどこにいる」、右:「暖流」

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明治・大正より様々なカフェが誕生し、昭和に入り都市部から地方へも喫茶店文化が浸透。現在の喫茶店の原型となっていく。
また、喫茶店はその時代時代で多種多様な形が誕生する。ジャズ喫茶、名曲喫茶、電話喫茶、うたごえ喫茶、深夜喫茶、同伴喫茶、ノーパン喫茶・・・等々。
時代と共に、色々な姿、用途となる喫茶店。
ある人は待ち合わせに、ある人は仕事の打ち合わせ、ある人は一息つきに・・・。
私にとって喫茶店は単に珈琲や軽食をとる為だけの場所ではなく、ひとときの安らぎや憩いの時間を得ることのできる身近で特別な場所なのだ。

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饅頭 バンザイ!

ケーキ、チョコレート、ジェラート・・・スイーツ華やかしい昨今であるが、同種の甘系でも饅頭は別格である、と私は思う。
饅頭には、背景、由来、願い・・・さまざまな意味が刻まれている。
(数ある饅頭よりほんの一部を独断であげてみた)

饅頭の伝来は1241年、宋より帰国した臨済宗東福寺の祖、聖一国師が茶店店主 粟波吉右衛門に酒饅頭の製法を伝え、吉右衛門は「虎屋」として饅頭店を開いたという。さらに1世紀後、1341年、元より帰国した林浄因によって「塩瀬総本家」として饅頭店を開いた・・・と、饅頭の系譜は虎屋系、塩瀬系の二系に分かれる。

由来系 饅頭
土地、歴史上の人物、建造物などに由来し作られた饅頭。Yuraikei 上段左より------
■花園万頭(東京:花園万頭)-昭和5年、出店地にある花園神社に由来し命名。当時のキャッチフレーズは「日本一高い、日本一うまい!」と看板に掲げ、他店の2倍の値段としたところ大繁盛となった。
■利休饅頭(三重:藤屋窓月堂)-創業明治。茶会時に千家の宗匠をうならせた味との由来から名づけられた饅頭。
■野菊の詩(千葉:峰月)-伊藤左千夫作『野菊の墓』に由来し地元の老舗 峰月によって名づけられた饅頭。
下段左より------
■福来里(大分:福寿)-天保3年創業。『この菓子を食すと福が来る、めでたい』との由来より名づけられた饅頭。
■どじょう掬いまんじゅう(島根:中浦本舗)-島根県に古来より伝わる、どじょうすくいの踊りで知られる『安来節』に由来し名づけられた饅頭。
■金蝶園饅頭(岐阜:本家金蝶園)安政2年、藩の茶会へ酒饅頭を献上したところ、評判宜しく殿様が歌を詠まれた。『菜種咲く、花は黄金の慕うや蝶の、賑わいの園』この歌より3文字を取り金蝶園饅頭と名づけられた。

祭事系 饅頭
神事、祭事、行事の際に用いられる饅頭。Saijikei 左より------
■どんと饅頭(広島:虎屋)-「どんと(左義長)」とは小正月に行う火祭り。この祭事の際に食べる饅頭として名づけられた。
■五色の幸(京都:鶴屋吉信)-京都では婚礼の御引き菓子として5色の饅頭が配られることより名づけられた。5色には、紫(徳)青(仁)赤(礼)黄(信)白(義)の意味がある。
■四方のいろ(大阪:鶴屋八幡)-無病息災、長寿を祈る際に用いる饅頭とされる。4色には、東の青龍、西の白虎、南の朱雀、北の玄武の意味がある。

文人系 饅頭
文人・著名人達に愛された饅頭Bunjinkei 上段左より------
■大手まんぢゅう(岡山:大手饅頭伊部屋)-作家・内田百閒の愛した饅頭。百閒は随筆『百鬼園戦後日記』の中で「昨夜も大手饅頭の夢を見た。一生の内に大手饅頭の夢を何十遍みるのだらう」と記している。
■薄皮饅頭(福島:柏屋)-詩人・草野心平の愛した饅頭。
■みそまん(東京:一炉庵)-作家・夏目漱石の愛した饅頭。漱石の『我輩は猫である』に登場する”猫中の大王とも言うべき程偉大なる体格を有している”車屋の黒猫は一炉庵の飼い猫であった。
下段左より------
■十万石まんじゅう(埼玉:十万石)-画家・棟方志功の愛した饅頭。志功はこの饅頭を食べた際、「うまい、うますぎる」と絶賛したという。十万石まんじゅうの箱書きは志功の『まんじゅう姫』である。
■女夫饅頭(神奈川:松風堂本店廛)-作家・川端康成が愛した饅頭。
■山田屋まんじゅう(愛媛:山田屋)-政治家・吉田茂の愛した饅頭。

老舗系 饅頭
創業100年以上の店が生み出した饅頭Shinisekei 上段左より------
■薯蕷饅頭(長野:新鶴本店)-創業 明治初年。薯蕷饅頭は上新粉と山芋で作った皮にこし餡を包んだもの。
■ふろしきまんじゅう(鳥取:山本おたふく堂)-創業 明治元年。地元の素材、添加物は一切使用しない昔の黒パンいのような懐かしい味わい。
■千鳥饅頭(福岡:千鳥屋)-寛永7年創業。長崎から伝来した南蛮菓子をヒントに丸ボーロに餡を入れて作った饅頭。
下段左より------
■栗饅頭(長崎:田中旭榮堂)-明治31年創業。
■唐饅頭(愛媛:清水閑一郎本舗)-小麦粉と黒砂糖で皮を作り、柚餡、黒餡を包み焼いた堅めの饅頭。
■名大唐饅頭(東京:和泉屋)-明治24年創業。小麦粉、和三盆、蜂蜜、卵黄で生地を作り、中には小倉餡玉を入れてあるカステラ風の饅頭。
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饅頭には作られた背景がある。
それは、土地の名物として、人物や物語に由来して、祭事や縁起物として・・・
最近では、政治家をネタに「純ちゃん饅頭」「やっくんのビンボーくじで福が来た」など由来、背景は様々。
饅頭は大衆の生活、土地、文化に非常に密とした愛すべき甘味なのだ。
愛すべき饅頭に捧ぐ・・・

饅頭は文化だ!饅頭バンザイ!

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対決!OTOKOMAE

対決! 男前  
伐折羅大将(バサラ) VS 珊底羅大将(サンテラ)
Image_2
・伐折羅大将は薬師如来を守る十二神将(丑の刻の守護神)のひとり。
・珊底羅大将はバサラと同じく十二神将(巳の刻の守護神)のひとり。
薬師如来を守り憤怒の表情で悪魔達と戦う姿は…いずれ劣らぬ男前だ。
奈良県 新薬師寺(国宝)

対決! 官能美
水月観音像  VS  伎芸天像  VS  地蔵菩薩像
Im2
・水月観音像は水面に映った月を愛でている姿。
柔和で気品漂う美しい神様だ。
・伎芸天像は芸術の神。少しひねった腰、ぽってりとした唇、あつい瞼。
なんとも官能的な神様だ。
・地蔵菩薩像は衣のドレープ、優しく閉じた瞼、キュっと結んだ小さな唇に女性らしさを感じる。
観音、天、菩薩と神は性別はないものと捉えられている。
しかし、私はその美に女性的で時にエロティシズムを感じてしまう。

水月観音  神奈川県 東慶寺(重要文化財)
伎芸天   奈良県 秋篠寺(重要文化財)
地蔵菩薩  奈良県 融念寺(重要文化財)


対決! キャラ
深沙大将像(じんじゃたいしょうぞう)VS迦楼羅像(かるらぞう)
Im1
・深沙大将像は玄奘(三蔵法師)が天竺へ行く途中の守護神。
・迦楼羅像はインド、ヒンドゥ教のヴイシュヌ神が乗る鳥。ガルダー神という金翅鳥。
以前、さる政治家が『キャラが立つ』と自らを語っていたが、仏像界でキャラ立っているお二方だ。
深沙大将像  岐阜県 横蔵寺(重要文化財)
迦楼羅像    京都府 三十三間堂(重要文化財)

対決! 弥勒
広隆寺 弥勒菩薩  VS  中宮寺 弥勒菩薩
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弥勒菩薩は釈迦の滅後5億7600万年後、人々を救済に降りてくるという未来仏。
広隆寺、中宮寺と二体の仏像は同じ弥勒菩薩だがその雰囲気、佇まい、空気感までも違ってみえる。
---Which 『弥勒』 do you like?

広隆寺 弥勒菩薩 京都府 広隆寺(国宝)
中宮寺 弥勒菩薩 奈良県 中宮寺(国宝)

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